一週間ぶりに外の世界へ

今日は久しぶりの食料品の買い出し日だった。悲しいことに、外出禁止令が始まって以来、今までの生活は大きく様変わりしている。まず、私たち一般人が外出を認められているのは、必要最低限のスーパーでの買い出しと家から1キロ圏内かつ1時間以内での適度な運動のみとなった。外出時には、全ての人が外出理由や家の出発日時と署名を記載した外出証明書の携帯が義務付けられ、もし違反が警察に見つかれば罰金135ユーロが課せられる。友人は先日うっかり検問に遭ってしまったそうだ。これがウィルス戦時下のフランスである。人と会うことも、家族、恋人、友達と一緒に外を歩くことも今は許されない。外国人であるわたしは、この非常事態下におけるもしもの備えとして、必ず外出証明書と併せてパスポートと滞在許可証を持ち歩くようになった。ほんの歩いて10分の距離のスーパーへ行くだけなのに、海外旅行さながらの備えであるから笑えてくる。

朝から1日引きこもっていたし、きっと外は肌寒いのだろうと思いながら、お気に入りの春用コートを着て出かけたが、外の世界は予想外に晴れ渡っていた。広場の前を通りかかったら、つい先月工事を終えたばかり真新しいスペースに可愛らしい花が咲いていて嬉しかった。ふとこの広場がたくさんの子供たちやランチをする大人で賑わっていたであろう日常を想像したら、なんだか複雑な気持ちになってしまった。そんな日がいつくるのかまだ想像できない。

幸いにも、スーパーの品揃えはいつもと変わらないのだけど、どこのお店も小麦粉とサニタリー用品は相変わらず不足していて、なかなか見つからない。どうやらフランス人は、家でせっせとお菓子やパン作りに励んでいるらしい。この日は、BIOCOOP という近所のビオ専門スーパーへ行くことにした。お店の入り口に用意された使い捨てゴム手袋をはめて「ボンジュール!」と店員さんに挨拶をする。ここのところ新鮮な生野菜が不足ぎみだから、トマトと葉っぱと人参を買った。フランスで和食はヘルシーでおしゃれな部門にカテゴライズされる。まさしくアラモードである。日系スーパーへわざわざ行かなくても、ビオのお店へ行くと大抵の調味料やお洒落なパッケージに包まれたちょっとした和食材が手に入るからとても有難い。ただし、日本で買うフランス商品が割高であるように、フランスで買う日本商品も大抵高価だから、毎回購入する時は思い切りが必要なのである。

このような引きこもり態勢で毎日過ごしていると、もともとの食いしんぼうな性分に拍車がかかる。せめて家で美味しいご飯が食べたいと思うから、普段作らない料理にもチャレンジしたくなってくる。思えば外出禁止となってから、いつの間にか日常生活で達成感を感じにくくなった気がするのだ。でも、料理という一つの作業はゼロから新しいものを生み出す小さなチャレンジとなるから、それなりの達成感を味わえてひとつのストレス発散となっている。

なるべく節約生活を心がけているのだけど、ささやかな楽しみとして買い物に出かた時には、初めての商品をひとつ購入することにしている。こういうのは、心の余裕を保つためにも大切である。今日の初めては抹茶パウダーだった。前から気になっていた商品棚に置かれた、二つの抹茶パウダーを手に取って見比べる。一つは7,5ユーロの中国産オーガニック商品。EUのオーガニック基準はかなり厳しいし、なかなか質も良さそうだ。もう一つは9,6ユーロの”日本産” と書かれた宇治抹茶だった。悩む。日本の老舗ブランドでもないし、正直なところ二つの商品の抹茶風味に大差はないと思われる。しかし悩んだ挙句、”JAPON”と書かれた方を選ぶことにした。日本人としての2ユーロの小さなプライドである。

お会計のレジへ商品を持って行くと、さっきの店員さんがレジの消毒を済ませていた。アルコールで濡れたレジが乾くのを待ってから、商品を置いた。お兄さんは、抹茶に書かれた”JAPON”の文字をしばらく見つめてから、「アカウント持ってる?」と聞いてきた。続けて、「きみ絶対会員になったほうがいいよ!だっていつもここに来てくれてるじゃない!」と笑顔で言ってくる。ややこしいのは嫌いだから念のため確認すると登録は名前と郵便コードのみで簡単らしい。「ではお願いします。」大きな声で自分の名前と綴りを告げたら、周りのフランス人たちがチラッと私をみた。お兄さんが満足気な表情を見せながら、ゆっくりと今後の割引に関する説明をしてくれた。私は突然の出来事に恥ずかしくて動揺してしまったのだけれど、店員さんが私の事を覚えていてくれたのだと思うと、この国にまたひとつ受け入れられた気がして少し嬉しかった。日本人として、私はこの国で何ができるのだろう。

お会計を済ませて、小さな声でありがとうと伝えると、店員さんが優しく微笑み返してくれた。